あの時もじめじめと降りそうで降らなかったり、しとしとと雨が降り続いたりする日々だった。携帯の着信履歴に久しぶりに友人の名前を見て、嬉々としてコールバックしたとき、聞こえてきたのは息子さんが伝える彼女の訃報だった。
仕事の合間でのことだったので、その後の授業をどんな風に進めてどんな風に終わったのか、覚えていない。頭の中が真っ白になるというのはこういうものかという経験を初めてしたように思った。
それからもう1年。昨日、命日だったので親しかった友人3人と、彼女のお墓にお参りに行った。普段着でいつも遊びに行くときのように、いや遊びに行くようなつもりで出かけていったが、現地に行ったら本堂では法要が行われているようで、上がり框に靴がいくつも並んでいた。
本堂の正面の一番近いところに、彼女が眠っているので、そこでお墓の周りを掃き清め、お花を挿していたら本堂の扉が開き、人々がこちらに向かって歩いてきた。
なんと、彼女のご家族。
近頃は、命日に法要を行うことは少ないと思い込んでいたので、よもやその日に行われるとは知らずにそれこそ遊びに行ったら取り込み中だった・・・みたいなところに出くわして少々気まずかったが、なんだか彼女がそうしてくれたような気がして、ありがたく一緒にお線香を上げさせていただいた。
1年も経った・・・と思ってみたり、まだ1年だったんだと思ってみたり。
自分の身に変化が起こるたびに、彼女が元気だったら何て言うだろう? とかこれは彼女に報告しなきゃ・・・と思って、もう直接会うことはないんだと、今更のように気がついたり、まだまだ実感としては彼女が元気だったころと変わっていないような気がする。
彼女が病を得て闘い始めたころ、「生きる」ことへの凄みを見せ付けられたことが何度もある。死と直面することはこれほどまでに人を強くするのかと思い知らされた。闘病中の彼女から教えられたことがどれだけあっただろう。彼女のおかげで、私も幾分成長させてもらった。
墓前に手を合わせながら、この1年、何事もなく平穏に過ごしてこれたことを、感謝をこめて彼女に伝えて帰ってきた。









もう1年経ちましたか。まだ信じられない…そんな気もします。
喪に服すとき(ハンバートハンバート)
♪いつまでも眠ろう 何度でも生きよう
いつか再びめぐり逢える日まで
もうじき陽は落ちて 闇が辺りを包むだろう
私は目を閉じて 心に錠をおろす
いつまでも眠ろう 何度でも生きよう
いつか再びめぐり逢える日まで
もうじき陽は落ちて 闇がすべてを隠すだろう
私は耳を塞ぎ 堅く口を閉ざす
いつまでも眠ろう 何度でも生きよう
いつか再びめぐり逢える日まで
今宵小さな火を焚いて 夜中灯しつづけよう
あなたが迷わぬように あなたが凍えぬように
いつまでも眠ろう 何度でも生きよう
いつか再びめぐり逢える日まで♪