何度か登場していますが、私が「おしっこ大丈夫?」と聞くと、ささっと寄ってきて「"トイレ大丈夫?"って聞いてよ、そんな大きな声で恥ずかしい」と反応する子。
この子がペープサート作りのときに、自分の作ったペープサートを使ってお話をするのはイヤだと膨れっ面で、描こうともしませんでした。しかし、私が取り合わなかったので「お話の絵なら描くけど・・・」と言ってきました。結局それで良いことにして描いたわけですが、今度は片付けるときになって「おうちには絵を貼る場所がないから、これは持って帰らない」と言い張ります。
「隊長がもらっていっても仕方ないし、お母さんにも見てもらおうよ。それで、写真に撮ってもらって。そうしたら始末すれば良いじゃない。」
そうしたら「始末」という言葉によほど嫌なイメージを持っているのか、イヤ~な顔をして「始末かよ」と吐き捨てるように言いました。
「そんな変なこといわなくてもいいじゃん、始末とかさぁ~~」
ちょっとギョッとしてしまいました。
私としてはせっかく描いたものだからと思って「捨てる」と言う言葉を避けて、「始末」と言ったのですが、彼には「闇に葬る」というような語感があったようです。「"殺す"みたいでヤダ」とも言ってました。
6~7歳でもボキャブラリーが豊富な子はいるんですね。子ども相手だからと、考えないでひょいっと口をついて出た言葉にも敏感に反応します・・・心しないと。
もう一つハッとしたのが、スカウトの誰かが「~しちまったぁ」と叫んだときに、「~しちまった悲しみに~」と反応した子がいました。
まさか、中原中也の「汚れちまった悲しみに」を知ってて言ったわけではないと思いますが、家庭でどんな会話が交わされているのか、保護者会の折にでも聞いてみようかしら。
(アカデミックな会話が展開されていたりして(^m^)

始末する という言葉は、大事に使うという時にも、使われる事もあります。地域性かな
大阪だと少し違うかもしれませんね。「ちゃんと始末せなあかんで。」と言っても、必ずしも「捨てる事」とは、限らないです。(「始末のこころ」と言えば、「捨てる」事ではないですし・・・。)
「捨てる」は、字の通り「捨てちゃう事」ですから、そういう点では、「捨てる」より「始末」の方が、(大阪では)ソフトかもしれませんね。
一方で「始末書」だとか、「始末屋」とかの言葉から、「ダークな印象」を持たれるかなって気もしますけどね。(^-^)
いやさか
わたしも、『捨てる』と『始末』だと、後者のほうが、
より強いイメージがあります。
捨てるは、自分の意思で捨てる。
始末は、自分の意思に関係なく捨てられてしまう。
という感じか…。
スカウトだけではないです。保護者や、CS隊のDLさんも 難しいです。団委員長から、もっと 女性心理を勉強するように いわれますが・・・うーん 何気ない言葉に 自分の子供がかかってくると、大変です。 ほめる時も保護者の視線が 痛い。「均等に見てますよ。」なんて言えないし・・・ 特にBVS隊はもれなく、保護者がついてくるし。 なあーんて事 言ってはいけませんけどね。 今期は、保護者に隊集会以外でも、仕事を お願いしましたから、少し 近づけたかな。